軍部と財閥
軍部と財閥の和解昭和12年2月に成立した林内閣の蔵相に興銀総裁結城豊太郎が就任し、日銀総裁に三井を引退した池田成彬が就任したことは、軍部と財閥の和解、世にいう「軍財抱合」を象徴したものであったが、この段階に至って財閥の重化学工業化のための資金需要は極点に達し、傘下事業会社オンライン証券の公開では追いつかず、いまや合名、合資といった本社形態をも栓楷とするに至った。
昭和12年3月、まず住友合資が株式会社に改組し、12月には三菱合資もそのあとを追って株式会社三菱社となり、後者は3年後の15年5月の倍額増資のさい新株百二十万株を縁故募集の形で公開し、1億8千万円の外部資金を動員した。